KGC


慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス
授業概要(シラバス)


比較文化C (山本 純一

    2006年度春学期 火曜日4時限
    科目コード: 20242 / 2単位
    カテゴリ: 11.汎用-共通基盤科目(学部)


1. 主題と目標/授業の手法など

     グローバリゼーションは経済や金融との関連で語られることが多いが、これに限定される現象ではない。第三の波といわれる世界各地の民主化や、米国を中心的な発信地とする特定の文化の地球規模での伝播もまた、それぞれ政治、文化のグローバリゼーションとよべるであろう。たとえば、ジョージ・リッツア(1999)が提起したマクドナルド化は、人間的技能を人間によらない技術体系に置き換えることによって、効率性、予測可能性、計算可能性、制御の増強を図るという意味では経済的なグローバリゼーションであるが、世界中のどこでも同じ味のマックが食べられる(食べさせられる?)という意味では文化のグローバリゼーション=画一化・均質化といえよう。
     しかしながら、メキシコのマックにはチリ(唐辛子)が入ってメキシカン・マックとなり、日本ではライス・バーガーやキンピラ・バーガーが開発されるように、グローバリゼーションはグローバルなものとローカルなものが節合する過程(glocalization)でもある。これとは逆にローカルなものがグローバルな中心に向かって逆流するような場合もある。米国でも人気のあるsushiのカリフォルニア巻きとか、Tex-Mexの料理(テキサス風メキシコ料理)がその好例である。
    他方、ローカルな文化は国家・国民を統合するための概念=国民文化として構築されることがある。メキシコの混血文化やアルゼンチンのガウチョ(カウボーイ)文化はその典型例である。したがって、グローバリゼーションは画一化や混淆化と同時に、ナショナル(ローカル)な文化やアイデンティティを守るという視点からは、フランスでの英語排斥運動にみられるように、グローバル対ナショナル(ローカル)といった衝突が進行する過程(反グローバリズム)でもある。また、このような現象は、グローバリゼーションを利用してナショナリズムを立ち上げるという意味で、グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係と考えることもできる。このようにグローバリゼーションは多義的な概念・現象ではあるが、いずれにしても、それが近代世界に住む人びとによって共有される結合性の感覚・経験であることは確かかと思われる。

    本科目では、以上のようなグローバリゼーションに対する認識を前提として、グローバル化時代のラテンアメリカ(正確にはラテンアメリカ・カリブ地域)と同地域以外に住むラテンアメリカの人びとの諸文化、政治・経済・社会、その混淆・節合・対立の諸相を、映像も交えた具体的な事例から読み解く。しかし、ラテンアメリカは日本で一般に考えられている以上に多様であり、グローバリゼーションと対象地域の文化・政治・経済・社会・人びとの関係を網羅的かつ詳細に紹介、分析することは担当者の能力および時間的制約からも不可能である。したがって、典型的と思われる諸相を点描したのち、可能な範囲で総括することを目的とする。
    また、上記に関連する副次的なテーマとして、これまで受講生諸君の関心が高かった「民族とは何か」「アイデンティティとは」「異文化の受容」といった概念的な問題についても、ゲストスピーカーを招いて講義する予定である。
    具体的なスケジュールは、授業計画に示すように、以下の3つのクールに分ける。
    1) グローバリゼーションとラテンアメリカ
    2) 日米とラテンアメリカ
    3) 特別講義と総括

    課題は、1)毎回の講義に対する質問・感想・コメント(800字程度。次回の講義の前日までにWEB上で提出)、2)昨年度の授業ビデオ(http://gc.sfc.keio.ac.jp/cgi/class/class_top.cgi?2005_15987のうち、前訪問講師であった石川隆介先生の担当した2回分Latinos in the U.S.AとHaiku in Latin America)を視聴し、リアクションペーパー(エッセイ、コメント、質問などを1200字程度)を書く、3)下記の参考文献または映像いずれかに関する書評または映画評1本(枚数自由)、4)授業評価・改善案で、使用言語は日本語または英語とする。試験は行なわない。なお、書評(映画評)は(読書)感想文や要約ではない。取り上げた文献や映画を自分の視点から批評、評価しなければならない。書評の参考例については、スペイン語研究室ウェブサイト(http://www.estudio.sfc.keio.ac.jp)の「ラテンアメリカ書評データベース」を、またWEB上のラテンアメリカ情報については同「インターネットでみるラテンアメリカ情報」を参照されたい。さらに、各回の中身は濃いので、よく理解できない学生諸君は、同じテーマを扱った前年度の授業ビデオをWEB(http://gc.sfc.keio.ac.jp/cgi/class/class_top.cgi?2005_15987)であらかじめ視聴しておくように。なお、同じテーマを扱う場合でも毎年新しいデータや知見を盛り込むようにしているので、前年と内容はまったく同一ではない。


2. 教材・参考文献

    必読文献は、西川長夫(2001)『増補 国境の越え方――国民国家論序説』平凡社ライブラリー、小坂井敏晶(1996)『異文化受容のパラドックス』朝日選書、小坂井敏晶(2002)『民族という虚構』東京大学出版会、山本純一(2004)『メキシコから世界が見える』集英社新書、野村亨・山本純一編(2006)『グローバル・ナショナル・ローカルの現在』慶應義塾大学出版会、「山本純一の視点」(http://web.sfc.keio.ac.jp/~llamame/viewpoint/)である。

    参考文献については、授業計画を参照。また、講義資料は授業前日までにグローバルキャンパス(http://gc.sfc.keio.ac.jp)もしくは山本純一研究会HP(http://web.sfc.keio.ac.jp/~llamame/)の担当科目・比較文化Cのサイトにアップしておく予定なので、こちらから入手すること。原則として授業では配布しない。


3. 授業計画

    第1回 (4/11) オリエンテーション、文化を比較するとは、グローバリゼーションとは
    本授業の進め方をオリエンテーションしたのち、本科目のキーワードである文化とグローバリゼーションについて議論する。すなわち、文化を固定的・静態的に理解することの過ち・危険性を指摘し、多義的なグローバリゼーションの概念について概説する。
    参考文献:
    西川長夫『増補 国境の越え方――国民国家論序説』平凡社、2001年
    A・アパデュライ(門田健一訳)『さまよえる近代―グローバル化の文化研究』平凡社、2004年
    E・W・サイード(大橋洋一訳)『文化と帝国主義2』みすず書房、2001年
    J・トムリンソン(片岡信訳)『グローバリゼーション―文化帝国主義を超えて』青土社、2000年
    ―――(片岡信訳)『文化帝国主義』青土社、1997年
    G・リッツァ(正岡寛司訳)『マクドナルド化する社会』早稲田大学出部、1999年
    ―――『マクドナルド化の世界―そのテーマは何か?』早稲田大学出版部、2001年
    S・ハンチントン(坪郷實他訳)『第三の波―20世紀後半の民主化』三嶺書房、1995年
    梶田孝道(編)『第2版国際社会学―国家を超える現象をどうとらえるか』名古屋大学出版会、1996年
    R・ロバートソン(阿部美哉訳)『グローバリゼーション―地球文化の社会理論』東京大学出版会、1997年
    S・サッセン(伊豫谷登士翁訳)『グローバリゼーションの時代―国家主権のゆくえ』平凡社、1999年

    第2回 (4/18)ラテンアメリカにとってのグローバリゼーション
    ラテンアメリカにとってグローバリゼーションの初めが西洋文明による野蛮の発見=征服にあったこと、そしてこれによって世界はまさに球として「閉じた」ことを論ずる。
    参考映像と参考文献:「新大陸征服の野望」
    西川長夫(編)『ラテンアメリカからの問いかけ―ラス・カサス、植民地支配からグローバリゼーションまで』人文書院、2000年
    E・オゴルマン(青木芳夫訳)『アメリカは発明された―イメージとしての1492年』日本経済評論社、1999年
    E・ガレアーノ(大久保光夫訳)『収奪された大地―ラテンアメリカ500年』藤原書店、1991年
    A・G・フランク(山下範久訳)『リオリエント―アジア時代のグローバル・エコノミー』藤原書店、
    2000年

    第3回 (4/25)グローバリゼーションとコーヒー:自由貿易に対抗するフェアトレード
    「北」の需要に応じて、「南」が生産し(生産させられ)、その貿易・流通過程における収益の多くが「北」によって収奪されるという意味で、「南北問題」を典型的に表すコーヒーという商品作物を取り上げ、弱肉強食に陥る「自由」貿易ではなく、「北」の消費国が「南」の生産者の生産コスト・労働対価に「見合った」フェアな価格で買い取るというフェアトレードの可能性と課題について論ずる。
    参考映像と参考文献:「コーヒーの秘密」アジア太平洋資料センター(PARC)
    池上甲一「拡大するフェアトレードは農産物貿易を変えるか――その意義とパースペクティブ」『農業と経済』2004年4月号、6−17頁。
    臼井隆一郎『コーヒーが廻り 世界史が廻る』中公新書,1992年
    オックスファム・インターナショナル『コーヒー危機――作られる貧困』(日本フェアトレード委員会
    訳・村田武監訳)筑波書房、2003年
    辻村英之『コーヒーと南北問題――「キリマンジャロ」のフードシステム』日本経済評論社、2004年
    ブラウン、マイケル・バラット(青山薫、市橋秀夫訳)『フェアトレード―−公正なる貿易を求めて』
    新評論、1998年
    ペンダーグラスト、マーク(樋口幸子訳)『コーヒーの歴史』河出書房新社、2002年
    山本純一『メキシコから世界が見える』集英社新書、2004年
    山本純一「コーヒーのフェアトレードの可能性と課題――メキシコ・チアパス州の2つの生産者協同組合を事例として」野村・山本編(2006)所収

    第4回 (5/9)メキシコ最貧困州チアパスからのグローバリゼーションに対する異議申し立て:サパティスモの可能性と課題
    新自由主義(市場原理主義)的グローバリゼーションに反対し、先住民の権利と文化の擁護、自由・民主主義・正義を求めて武装蜂起したサパティスタ国民解放軍の理念と活動を最新のフィールドワークを交えて検証する。
    参考映像と参考文献:「Zapatista」「メキシコのゲリラ」
    山本純一『インターネットを武器にした<ゲリラ>――メキシコ・サパティスタ国民解放軍の闘争と言説に関する一研究』慶應義塾大学出版会、2002年
    山本純一『メキシコから世界が見える』集英社新書、2004年
    山本純一「サパティスタの挑戦――反グローバリズム・新ナショナリズム・脱国家ローカリズム」『ラテンアメリカ・レポート』2003年第20巻第2号、アジア経済研究所
    山本純一「社会運動とインターネット――サパティスタ運動に関する論争をめぐって」梅垣理郎編『総合政策学の最先端 第郡』慶應義塾大学出版会、2003年
    山本純一「<帝国>に抗するサパティスタ――マルチチュードの可能性」『神奈川大学評論』第45号、2003年7月
    「山本純一の視点」(http://web.sfc.keio.ac.jp/~llamame/viewpoint/)
    崎山政毅『サバルタンと歴史』青土社、2001年
     サパティスタ民族解放軍(太田昌国・小林致広編訳)『もう、たくさんだ!――メキシコ先住民
    蜂起の記録1』現代企画室、1995年
    G.ロビラ著・柴田修子訳『メキシコ先住民女性の夜明け』日本経済評論社、2005年
    マルコス/イボン・ル・ボ著・佐々木真一訳『サパティスタの夢』現代企画室、2005年

    第5回 (5/16)世界史の臨界におけるクレオール主義の可能性
    共生のための理念が必要とされる混沌とした時代にあって、さまざまな文化を内に取り入れつつ「他者」とつながり、混淆したアイデンティティを形成するクレオールが21世紀のあるべきアイデンティティのひとつの姿と称揚されているが、その可能性について論ずる。
    参考映像と参考文献:「カリブ海から世界へ」
    飯島みどり「『国家』に変容を迫るインディオたち」油井・後藤編『南北アメリカの500年 第5巻統合と自立』青木書店、1993年
    鈴木茂「語りはじめた『人種』」清水透編著『<南>から見た世界 第5巻ラテンアメリカ――統合圧力と拡散のエネルギー』大月書店、1999年
    西川長夫『増補 国境の越え方――国民国家論序説』平凡社、2001年
    Wade, Peter , Race and Ethnicity in Latin America, London & Chicago: Pluto Press, 1998.
    Wagley, Charles (ed.), Race and Class in Rural Brazil, Paris: UNESCO.
    今福龍太『クレオール主義』青土社、1994年
    P・シャモワゾー、R・コンフィアン(西谷修訳)『クレオールとは何か』平凡社、1995年
    太田好信『トランスポジションの思想』世界思想社、1998年
    E・ウィリアムズ(川北稔訳)『コロンブスからカストロまで――カリブ海域史、1492−1969(1)(2)』岩波書店、2000年


    第6回 (5/20 補講のため、土曜日)社会主義は死んだのか:キューバ映画『苺とチョコレート』にみる共産主義対自由主義
    『苺とチョコレート』を題材に、自由主義(資本主義)が「勝利」したとされる時代状況にあっても社会主義を守るキューバと社会主義そのものの可能性と課題を考える。そして、新自由主義の名の下に福祉国家が退場し、人びとが「個化」する時代にあって、人と(地域)社会と国家の望ましい関係について構想する。なお、本講義は課題である映画評をする参考になると思う。
    参考映像と参考文献:『苺とチョコレート』
    伊藤誠『現代の社会主義』講談社学術文庫、1992年
    伊藤誠『現代の資本主義』講談社学術文庫、1994年
    工藤律子『子どもは未来の開拓者――ストリートチルドレンのいない国 キューバ』JULA出版局、2005年
    西谷修『世界史の臨界』岩波書店、2000年
    ウォーラーステイン『アフター・リベラリズム――近代世界システムを支えたイデオロギーの終焉』藤原書店、2000年。
    F・フクヤマ(渡辺昇一訳)『歴史の終わり(上)(下)』三笠書房、1992年
    村岡到『社会主義はなぜ大切か――マルクスを超える展望』社会評論社、2005年
    山本純一「連帯経済の構築と共同体の構造転換――メキシコ最貧困州チアパスの経験から」
    内橋克人・佐野誠編『ラテン・アメリカは警告する――「構造改革」日本の未来』新評論、2005年
    山本純一「連帯経済――人間中心の経済の再生をめざして」アジア太平洋資料センター『月刊オルタ』2006年2月号

    第7回 (5/23)グローカルな国境都市ティファナ(書評または映画評の締切日)
    担当者が5年前に留学したグローバルでローカルな国境都市ティファナの表と裏の世界を、写真を交えて活写し、グローバリゼーションは国境の壁を低くするが、他方で、メキシコから米国への人の移動の厳しい制限に見られるように、これを高くもする両義的な現象であることを描き出す。
     参考映像と参考文献:「賄賂か銃弾か」「トラフィック」
    山本純一『メキシコから世界が見える』集英社新書、2004年
    García Canclini, Nestor, Hybrid Cultures: Strategies for Entering and Leaving Modernity, Univ. of Minnesota Press, 1995.

    第8回 (5/30)優秀書評・映画評のプレゼンテーションと講評
    優秀と認められた書評もしくは映画評を提出した学生諸君に10分程度のプレゼンテーションをお願いします。担当者からは全体および優秀作品についての講評をします。

    第9回 (6/6)ラテンアメリカへの日系移民:ペルーを中心にして
    戦前、国策としての「口減らし」のため、南米への日系移民がたどった苦難の道、移民先社会での差別、そして日系移民社会内部における差別・対立の諸相を点描したのち、この「棄民」政策は戦後の高度成長時代にも続けられ、まさに「夢」の約束手形を切った日本政府(国家)に現在も責任があることを明らかにする。
    参考映像と参考文献:NTV(1997)「出稼ぎ」
    増田義郎・柳田利夫『ペルー 太平洋とアンデスの国――近代史と日系社会』中央公論新社、1999年
    柳田利夫編著『リマの日系人――ペルーにおける日系社会の多角的分析』明石書店、1997年
    柳田利夫編『ラテンアメリカの日系人――国家とエスニシティ』慶應義塾大学出版会、2002年
    伊豫谷登士翁『グローバリゼーションと移民』有信堂、2001年
    大串和雄(2002)「フジモリ問題をめぐる10の疑問」『日刊ベリタ』
    遅野井茂雄(1995)『現代ペルーとフジモリ政権』アジア経済研究所
    萱野稔人(2005)『国家とはなにか』以文社
    村上勇介(2004)『フジモリ時代のペルー――救世主を求める人々、制度化しない政治』
    平凡社
    山脇千賀子(1999)「人の移動・国家・生活の論理」清水透編著『ラテンアメリカ――統合
    圧力と拡散のエネルギー』大月書店
    若槻泰雄(2001)『外務省が消した日本人――南米移民の半世紀』毎日新聞社

    第10回 (6/13)アメリカの大学における白人中心主義への対抗 −「チカーノ・スタディーズ」の設立から現在まで米国のラティーノ  特別講師:桑野真紀(一橋大学大学院)     
    メキシコ系アメリカ人によってアメリカの各大学に設立された「チカーノ・スタディーズ」について紹介する。学問を通じて白人中心主義に対抗しようとする人々についての営みを通して、アメリカの移民の歴史について考えたい。
    参考文献:
    桑野真紀「コミュニティを基軸にしたチカーノ・ナショナリズムの構築」野村・山本編(2006)所収
    桑野真紀「『チカーノ・スタディーズ』を巡る論争―運動家として学問に携わること」『地球情報社会と社会運動』(共著:新原道信編), ハーベスト社、2006年
    サミュエル・ハンチントン『分断されるアメリカ―ナショナル・アイデンティティの危機』(鈴木主税訳)
    集英社、2004年
     油井大三郎・遠藤泰生編『浸透するアメリカ、拒まれるアメリカ―世界史の中のアメリカニゼーション』
      東京大学出版会、2003年
    三浦信孝(編)『多言語主義とは何か』藤原書店、1997年
    井上輝夫・山本純一(編)『Keio SFC Review 第5号 多言語主義の可能性』慶應義塾大学湘南藤沢学会、1999年
    Anzaldúa, Gloria, Borderlands/La Frontera: The new mestiza, 2nd ed., Aunt Lute Books, San Francisco, 1999.
    Romero, Mary et al., Challenging Fronteras: Structuring Latina and Latino lives in the U.S., Routlege, New York, 1997.
    Shorris, Earl, Latinos: A biography of the people, Norton, 2001.

    第11回 (6/20)移民からデカセギへ:在日ペルー人との身近な共生を考え
    現在、日本にはラテンアメリカから「デカセギ」として働きに来ている人がおり、中には永住を決意している家族もいる。しかし、日本社会との軋轢は少なくなく、在日・沖縄・アイヌ等の問題も含め、日本が21世紀の国際化そして共生の時代にふさわしい社会かがどうかが問われている。
    参考文献:
    渕上英二『日系人証明』新評論、1995年
    花崎皋平『増補 アイデンティティと共生の哲学』平凡社、2001年
    伊豫谷登士翁『グローバリゼーションと移民』有信堂、2001年
    Alvaro Del Castillo, Los Peruanos en Japón, 現代企画室、1999年

    第12回 6/27)民族とは何か(リアクションペーパーの締切日) 特別講師:小坂井敏晶(パリ第八大学)
    構成員が絶え間なく入れ替わるにもかかわらず、どうして民族は同一性を保つのか。変化する多くの要素とは別に、同一性を支える本質的要素や構造が存在するのだろうか。民族同一性を社会・心理的虚構として捉えながら、変化と連続の関係を考える。
     参考文献:
    小坂井敏晶『民族という虚構』東京大学出版会、2002年
    池田清彦『構造主義科学論の冒険』講談社学術文庫、1998年
    池田清彦『分類という思想』新潮選書、1992年
    Hume, David, A treatise of Human nature, Penguin, 1739/1984

    第13回 (7/4)異文化と創造性 (授業評価・改善案の締切日) 特別講師:小坂井敏晶(パリ第八大学)
    異文化との接触から得られる最大の恩恵は、日常当たり前に考えている常識を見直す契機が与えられることだ。創造活動において葛藤や矛盾が果たす重要な役割を浮き彫りにしながら、異質性がもたらす豊かさを説く。
     参考文献:
    小坂井敏晶『異邦人のまなざし』現代書館、2003年
    小坂井敏晶『異文化受容のパラドックス』朝日選書、1996年
    Koestler, Arthur, The sleepwalkers: A history of man’s changing vision of the universe, Penguin, 1990.
    Koestler, Arthur, The act of creation, Penguin, 1990.
    村上陽一郎『新しい科学論』講談社ブルーバックス、1979年
    村上陽一郎『科学者とは何か』新潮選書、1994年


4. 提出課題・試験・成績評価の方法など

    毎回のコメント・感想・質問(50%)、書評または映画評(20%)、リアクションペーパー(20%)、出席点(10%)、授業評価・改善案(プラスアルファ点)、試験は実施しない。


5. 履修上の注意・その他

    本講義の履修を考えている学生はあらかじめ、西川長夫(2001)『増補 国境の越え方――国民国家論序説』平凡社ライブラリーと山本純一(2004)『メキシコから世界が見える』集英社新書を読んでおくことが望ましい。また、インテンシブ・スペイン語、コンテンツ・スペイン語、リージョナル・アナトミー論D(ラテンアメリカ)の受講を考えている学生は、本科目の履修を勧める。


6. 前提科目

    なし


7. 履修条件

    なし


8. 旧科目との関係

    「比較文化」*この科目を進級、卒業あるいは修了に関わる科目の単位として、同一担当者にて修得済みの学生は自由科目としての履修のみ可能。


9. 授業URL


2006-03-17 11:22:52


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