KGC


Keio University Shonan Fujisawa Campus
Course Summary (Syllabus)


CONTEMPORARY THOUGHT (Shigeki Hori

    Semester : 2007 Fall
    Code : 20130 / 2 Credits


1. Objectives/Teaching method

     なぜ人を殺してはならないのか、安楽死の措置は許されるべきではないのか否か、ニートであっては「いけない」というのは本当か、等々、今日われわれの脳裏に浮かび上がってくる問いは枚挙に暇がない。既存の権威や伝統にアプリオリに服することを潔しとしないのならば、われわれは自分(たち)で考え、自分(たち)で答えを模索しなければならない。
     しかし、「わたしはこう思う、ぼくはこう感じる」と思いつくままに意見をぶつけ合うだけでは、議論は大抵の場合、堂々めぐりの「しゃべり場」状態に陥ってしまう。そこで、この授業では、できるだけ根元的かつ厳密に思考し、できるだけ有効な理性的議論をするための前提として、西洋哲学を参照しつつ、われわれがふだん遣う言葉(概念)の定義を問い直し、その向こうに横たわっている思想的課題の輪郭を明らかにしようと試みる。
     哲学、あるいはより一般的に思想に関する入門的授業には、大別して2つ、オーソドックスなやり方がある。一つは著名な思想家を年代順に取り上げ、紹介し、解説していく方法だ。おそらく日本の高等学校における倫理等の授業はこのやり方に拠ることが多いだろう。もう一つは、さまざまな思想家の見解を紹介しながら、いくつかのテーマや概念について知見を深めていくという方法である。この授業では、主として後者の方法を採ることにする。
     教員の側から十分に説明を加えて伝達しなければならない事柄がたくさんあるので、この授業は基本的に始めから終わりまで、教壇からの講義の連続となる。学生諸君は受け身の気分で漫然と聞き流すのではなく、講義内容を自分で編集し直すような踏み込んだ姿勢で耳を傾け、つねに批判精神を働かせながら消化・咀嚼に努め、それを通して自分自身の思索を進めてほしい。
     最後に、ここで「現代思想の世界」という場合の「現代」は、西洋思想史上のニーチェ(1844-1900)以降を指すものと考えていただきたい。ただし、いうまでもなく、現代の「今、ここ」を考えるために、われわれはしばしば過去に立ち返らなければならない。講義では必要に応じて、古代、中世、近代の思想(や事象)にも大いに言及する。講義を通して、少なくとも思想史的に見た場合には現代は近代の終わったあとの「時代」ではなく、むしろ近代の一部分であること、あるいはいわば「第二の近代」に相当することが明らかになっていくだろう。


2. Materials/Reading List

    この授業では、主として次の文献に準拠して講義を展開します。
    RENAUT, Alain : La Philosophie, Paris, Odile Jacob, 2005.
    その他、かなり多くの著作に言及しますが、それらのリファレンスはその都度教室で示します。


3. SCHEDULE

    #1 はじめに+愛についての考察
    はじめに、この授業の方針について述べる。その上で、モンテーニュ、パスカルなどを援用しながら愛を追究してみる。「愛についての考察」は、2006年度春学期の「近代思想」最終回の講義とほとんど同じ内容である(もちろん第2回目以降の授業では、新たな内容の講義をおこなう)。授業の最後に、履修者「選抜用紙」への記入の時間(10分程度)を設ける。

    #2 序論(1): 「現代」とはいかなる「時代」か
    西洋思想史を振り返り、古代ギリシャ・ローマからキリスト教中世を経て、近代、そして近代の先鋭化としての現代へと、人間観・世界観・価値観がどのように大きく移り変わってきたかを、非常に大づかみに述べた上で、「ポストモダン」思想と、グローバリゼーションの関係に言及する。

    #3 序論(2): 主体、意識、そして他者という難問
    自覚的に思想し、行動しようとするならば、まず自らのことを、つまり主体および主体性を ― 他者との関係において ― 問い直し、意識というものについて考えてみる必要があるだろう。さらに、他者をどう表象するかという、すぐれて現代的な課題も取り上げる。 

    #4 序論(3): 自然と文化、そして人間
    自然とは何か? 文化とは何か? 自然と文化との関係において、人間はどのように定義されるべきか? 普遍的な"Human Nature"が仮に存在するとすれば、それと人類の文化的多様性との関係は? 伝統的な人間主義の問題点を考えてみる。

    #5 倫理(1): 精神と物質、あるいは自由をめぐって
    古代哲学以来、唯心論と唯物論はせめぎ合ってきたが、現代では、生物学・脳科学に支えられる唯物論にほとんど軍配が上がっているようだ。それなら、人間の自由意思、意志の自律性は幻想なのだろうか。唯物論と「自由の哲学」の対立を語り、非本質論的な人間主義の可能性に言及する。

    #6 倫理(2): 幸福の道徳とその問題点
    米国を中心に現代世界で優勢になっているかに見える功利主義の道徳観を検討する。幸福を至上の価値とする古代の目的論的倫理(アリストテレス)と、それに対するカントの批判を要点を把握した上で、近代以降の功利主義に対するロールズらの批判を紹介する。

    #7 倫理(3): 義務の道徳と現代世界
    近代を義務論的倫理に最も厳密な形を与えたカントの道徳哲学の要諦を示し、解説した上で、現代世界においてはそのような克己的道徳は黄昏を迎えているという説を検討し、自律を目指す人間主義と、独立を目指す個人主義の違いに注目する。

    #8 政治(1): 民主主義社会について
    まず、政治哲学 ― 政治(科)学ではない ― とは何であるか、過去にどのような問題に取り組んできたか、現在どのような問題に取り組んでいるかを述べる。次に、民主主義社会において、一方では個人主義のますますの進展を、他方では民族的or文化的or宗教的共同体の自己主張をどう扱うべきかという問題を取り上げる。

    #9 政治(2): 法、人権、正義
    法哲学の観点から法(権利)と事実の関係を明確化し、人権の理念、定義、そして三つの「世代」を確認し、人権の両義性(個人の人権Vs主体の人権)を指摘する。さらに正義もしくは公正さの原則や、不平等の是正の正当性をめぐる現代政治哲学の議論を紹介する。

    #10 政治(3): 国家について
    人権と国権の対立を反映する自由主義国家理念vs絶対主義国家理念の対立、そして、そのジレンマを乗り越えるべき法治国家をめぐる自由主義と共和主義の対立を解説する。「国民国家の終焉?」というテーマをめぐる議論を検討し、特に欧州におけるポストナショナルな国家の可能性と困難を考察する。

    #11 文化(1): 労働と技術
    労働は昔から尊ばれていたわけではない。技術の位置づけも大きく変遷してきた。ハイデガーの「技術」論を改めて紹介し、技術跋扈の世界にどう対処するかという問題の今日性を浮き彫りにする。また、失業やニートといった今日の現象を睨んで、労働とアイデンティティや「生き甲斐」の関係を考える手がかりを掴みたい。

    #12 文化(2): 現代美術の困難、あるいは美とは何か
    現代美術はなぜ「分かりにくい」のか? 「分からない」のはセンスがないからか? そもそも、「分かる」とはどういうことか? 美は客観的なものか、主観的なものか、美を捉えるのは理性なのか、感覚なのか、美的感動は何に由来するのか、といった問題に遡って、現代美術を考える視点を提示する。

    #13 文化(3): 宗教、あるいは超越性の問題
    近代が脱宗教のプロセスであるとすれば、現代社会と宗教の関係はどう推移するのか? 近代のプロセスを先鋭的に生きている存在としての現代人にとって、超越的価値 ― 自分の生命を超える価値 ― はあるのか否か、もしあるとしたらそれは何なのかを問う。


4. Assignments/Examination/Grad Eval.

    成績評価は基本的に、学期中に課す何本かの小レポートと、学期末の試験またはレポートの出来映えに拠ります。発言等による授業への貢献は積極的評価の対象とすることがあり得ますが、いわゆる「出席」という事実自体は、成績には全く反映しません。そもそも(中学校ではあるまいし…)出欠を記録することはいっさいしません。


5. Special Note

     この「楽勝」でない授業をあえて履修する方は、以下のことを予め承知しておいてください。
     毎回、かなり盛りだくさんな内容の講義となります。できるかぎり現代の具体的な問題から出発して、そういう問題に戻ってくるよう努めるつもりですけれども、おおむね抽象度の高い話となることは避けられません。
     しかも、たぶん、講義の懇切丁寧なレジュメを配布することはしません。可能なかぎり明快に話す努力をしますので、注意を集中して聴き取り ― 「聴く」というのはけっして単なる受け身の行為ではありません ―、自らの批判精神を働かせながら、講義内容を自分で編集し直し、そうすることで咀嚼・消化してください。
     この授業の目的は、「物知り」になることではありません。たしかに、得るべき知識はありますが、知識は勲章ではありません。皆さん一人ひとりが自分で考えるための手がかりです。そして、思想それ自体は、知識ではありません(したがって、2+2=4というたぐいの正しさとは無縁です)。
     この授業は結局、自律的に考える人間としての皆さんへの問題提起であり、思索のための手がかりと見取り図の提供なのです。


6. Prerequisit / Related courses

    創造系創造融発科目、および先端系科目のほとんど全てが関連科目です。


7. Conditions to take this course

    なし


8. Relation with past courses

    -


9. Course URL


2007-09-14 05:16:57.009794


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